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 灘高等学校 入試問題

平家物語 原文・現代語訳

[ 原文 ]

源三位入道の嫡子仲綱のもとに、九重に聞えたる名馬有り。

鹿毛なる馬の、ならびなき逸物、乗り走り心むき、またあるべしとも覚えず。

名をば木の下とぞ言はれける。前右大将これを伝へ聞き、仲綱のもとへ使者たて、

「聞こえ候ふ名馬を見候はばや。」とのたまひつかはされければ、伊豆守の返事には、

「さる馬は持つて候ひつれども、このほどあまりに乗り損じて候ひつるあひだ、

しばらくいたはらせ候はんとて、田舎へつかはして候ふ。」

「さらんには力なし。」とて、その後沙汰もなかりしを、

多くなみゐたりける平家の侍ども、「あっぱれその馬は、をととひまでは候しものを。」

「昨日も候ひし。」「けさも庭乗りし候つる。」なんどし申ければ、

「さては惜しむごさんなれ。にくし、請へ。」とて、

侍してはせさせ、文なんどしても、一日がうちに五六度、七八度なんど請はれければ、

三位入道これを聞き、伊豆守よびよせ、「たとひこがねをまろめたる馬なりとも、

それほどに人の請はう物を、惜しむべきやうやある。

すみやかにその馬、六波羅へつかはせ。」とこそのたまひけれ。

伊豆守力およばで、一首の歌を書きそへて、六波羅へつかはす。

   こひしくはきてもみよかし身にそへるかげをばいかがはなちやるべき

宗盛卿、歌の返事をばし給はで、「あっぱれ馬や。馬はまことによい馬でありけり。

されどもあまりに主が惜しみつるがにくきに、やがて主が名のりを金焼きにせよ。」

とて、仲綱といふ金焼きをして、むまやに立られけり。

客人来て、「聞こえ候ふ名馬を見候はばや。」と申しければ、

「その仲綱めに鞍おいてひきだせ、仲綱め乘れ、仲綱め打て、張れ。」なんどのたまひければ、

伊豆守これを伝へ聞き、「身にかへて思ふ馬なれども、権威についてとらるるだにもあるに、

馬ゆゑ仲綱が天下の笑はれぐさとならんずるこそ安からね。」と、大いにいきどほられければ、

三位入道これを聞き、伊豆守に向かつて、「何事のあるべきと思ひあなずつて、

平家の人どもが、さようのしれ事を言ふにこそあんなれ。

その儀ならば、命生きても何かせん、便宜をうかがうてこそあらめ。」とて、

わたくしには思ひも立たず、宮をすすめ申したりけるとぞ、後には聞こえし。


[ 現代語訳 ]

源三位入道の嫡子、仲綱のところに、朝廷で評判になっている名馬がいる。

鹿毛の馬で、並ぶもののない優れもの、乗り心地・走り具合・気質、

他にあるだろうとは思われない。名を木の下と呼ばれていた。

前右大将はこれを伝え聞いて、仲綱のところへ使者を出し、

「評判の名馬を拝見したいものです。」と言っておやりになったが、伊豆守の返事には、

「そのような馬は持っておりましたが、このごろあまりにも乗り過ぎて疲れさせましたので、

しばらく休ませようと思い、田舎にやっております。」

「それなら仕方がない。」と言って、その後、音沙汰がなかったが、

たくさん座って並んでいる平家の侍たちが、「ああ、その馬は、一昨日まではおりましたが。」

「昨日もおりました。」「今朝も庭で乗っていました。」などと申し上げたので、

「それでは惜しんでいるのだな。憎らしい。請求しろ。」と言って、

侍を駆けらせて、手紙も書いて、一日のうちに五・六度、七・八度と請求なさったので、

三位入道がこれを聞き、伊豆守を呼び寄せて、「たとえ黄金を丸めて作った馬であっても、

それほどに人の欲しがるものを、惜しんだりしてはいけない。

すぐにその馬を六波羅に与えなさい。」とおっしゃった。

伊豆守は仕方なく、一首の歌を書き添えて、六波羅に与える。

   恋しいならば来て見ればいい。自分に寄り添っている影のような馬を

   どうして手放せましょうか。

宗盛卿は、歌の返事をなさらないで、「すばらしい馬だ。馬はとても立派な馬だった。

けれども、あまりに持ち主の惜しんだのが憎らしいので、

すぐに持ち主の名前を焼き印にしてつけろ。」と言って、仲綱という焼き印をして、

厩舎にお入れになった。客人が来て、「評判の名馬を拝見したいものです。」

と申し上げると、「その仲綱めに鞍を置いて引き出せ、

仲綱めに乗れ、仲綱めを打て、張れ。」などとおっしゃるので、

伊豆守はこれを伝え聞いて、「わが身に代えてもと思う馬ではあるが、

権力を笠に着て取り上げられただけでも理不尽なのに、

馬のために仲綱が天下の物笑いの種になりそうなのは、心おだやかではない。」と言って、

たいへん憤慨なさったので、三位入道はこれを聞き、伊豆守に向かって、

「何もできないだろうと思い侮って、平家の人たちがそのようなばかげたことを言うのだ。

そういうことなら、命を生きながらえても何になろうか。

よい機会をうかがっていよう。」と言って、自分は決意しないで、

高倉宮をお誘い申し上げたと、後にはうわさになった。



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