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 センター試験・漢文 2015年

篁墩文集 書き下し文・現代語訳

[ 原文 ]

家蓄一老貍奴。将誕子矣。

一女童誤触之、而堕。日夕嗚嗚然。

会有餽両小貍奴者。其始、蓋漠然不相能也。

老貍奴者、従而撫之、徬徨焉、躑躅焉。

臥則擁之、行則翊之。舐其氄而譲之食。

両小貍奴者、亦久而相忘也。稍即之、遂承其乳焉。

自是欣然以為良己之母。

老貍奴者、亦居然以為良己出也。吁、亦異哉。

 昔、漢明徳馬后無子。顕宗取他人子、命養之曰、

「人子何必親生。但恨愛之不至耳。」

后遂尽心撫育、而章帝亦恩性天至。

母子慈孝、始終無纎芥之間。貍奴之事、適有契焉。

然則世之為人親与子、而有不慈不孝者、

豈独愧于古人。亦愧此異類已。


[ 書き下し文 ]

家に一老貍奴を蓄ふ。将に子を誕まんとす。 

一女童誤りて之に触れ、而して堕す。日夕嗚嗚然たり。 

会両小貍奴を餽る者有り。其の始め、蓋し漠然として相ひ能くせざるなり。 

老貍奴なる者、従ひて之を撫し、徬徨焉たり、躑躅焉たり。 

臥すれば則ち之を擁し、行けば則ち之を翊く。其の氄を舐めて之に食を譲る。 

両小貍奴なる者も、亦た久しくして相ひ忘るるなり。 

稍く之に即き、遂に其の乳を承く。是れより欣然として以て良に己の母なりと為す。 

老貍奴なる者も、亦た居然として以て良に己が出だすと為す。吁、亦た異なるかな。 

昔、漢の明徳馬后に子無し。顕宗他の人子を取り、命じて之を養はしめて曰はく、 

「人子何ぞ必ずしも親ら生まん。但だ愛の至らざるを恨むのみ」と。 

后遂に心を尽くして撫育し、而して章帝も亦た恩性天至たり。 

母子の慈孝、始終纎芥の間無し。 貍奴の事、適に契ふ有り。 

然らば則ち世の人親と子と為りて、不慈不孝なる者有るは、

豈に独り古人に愧づるのみならんや。亦た此の異類に愧づるのみ。 


[ 現代語訳 ]

家に一匹の老いた猫を飼っていた。今にも子を産もうとしていた。

一人の女の子が誤ってこれに触り、そして流産した。昼も夜も嘆き悲しんで鳴いていた。

たまたま二匹の小さな猫を贈った者がいた。初めは、思うに、無関心なようで二匹ともなじめないようだった。

老いた猫は、つきまとって小さな猫をかわいがり、

うろうろしたり足踏みをしたりして落ち着かなかった。

小さな猫が横になると抱き、行った先で小さな猫の手助けをした。

小さな猫の産毛をなめ、小さな猫に食物を譲った。

二匹の小さな猫も、また長い時間の経過とともに二匹とも以前のことを忘れた。

だんだん老いた猫になつき、その結果その乳を吸った。

このときから小さな猫はよろこんで本当に自分の母親であると見なした。

老いた猫も、また安らかな様子で本当に自分が産んだものとして扱った。

ああ、また不思議なことだ。

昔、漢の明徳馬后には子がいなかった。

顕宗は他人の子を引き取って、命令してその子を養育させて言った、

「子というものは、自分で産んだかどうかが大事なのではない。

ただ愛情の不十分なことを残念に思うだけだ」と。

明徳馬后はそれで心を尽くしてかわいがって育てたので、

章帝にもまた親に対する愛情が自然にそなわっていた。

母子間の愛情には、いつもわずかな隔たりさえなかった。

猫の話には、ちょうど重なるところがある。

そうであれば、世間の人が親子になり、愛情を注がない親や孝行しない子がいるのは、

ただ昔の人に対して恥ずかしいだけではない。

またこの人間ではないものに対しても恥ずかしいことなのだ。


(注)「相ひ」を普通に「互いに」と訳すと意味の通りにくい箇所があるので

あまり例を見ない用法ですが「二匹とも」と訳しています。



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