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 鶏鳴狗盗 現代語訳・書き下し文・原文

鶏鳴狗盗 現代語訳・書き下し文・原文

[ 原文 ]

靖郭君田嬰者、宣王之庶弟也。

封於薛。有子曰文。食客数千人。

名声聞於諸侯。号為孟嘗君。

秦昭王、聞其賢、乃先納質於斉、以求見。

至則止、囚欲殺之。

孟嘗君、使人抵昭王幸姫求解。

姫曰、「願得君狐白裘。」

蓋孟嘗君、嘗以献昭王、無他裘矣。

客有能為狗盗者。

入秦蔵中、取裘以献姫。

姫為言得釈。

即馳去、変姓名、夜半至函谷関。

関法、鶏鳴方出客。

恐秦王後悔追之。

客有能為鶏鳴者。

鶏尽鳴。遂発伝。

出食頃、追者果至、而不及。

孟嘗君、帰怨秦、与韓・魏伐之、入函谷関。

秦割城以和。


[ 書き下し文 ]

靖郭君田嬰は、宣王の庶弟なり。
せいくゎくくんでんえい、せんわうしょていなり

薛に封ぜらる。子有り文と曰ふ。食客数千人。
せつほうぜらる。こあぶん。しょっかくすうせんにん。

名声諸侯に聞こゆ。号して孟嘗君と為す。
めいせいしょこうこゆ。がうしてまうしゃうくん

秦の昭王、其の賢なるを聞き、
しんせうわう、そけんなるを

乃ち先づ質を斉に納れ、以て見んことを求む。
すなはせい、もっんことをもと

至れば則ち止め、囚へて之を殺さんと欲す。
いたればすなはとど、とらへてこれころさんとほっ

孟嘗君、人をして昭王の幸姫に抵りて解かんことを求めしむ。
まうしゃうくん、ひとをしてせうわうかうきいたりてかんことをもとめしむ

姫曰はく、「願はくは君の狐白裘を得ん」と。
きいはく、「ねがはくはきみこはくきう

蓋し孟嘗君、嘗て以て昭王に献じ、他の裘無し。
けだまうしゃうくん、かっもっせうわうけん、たきうな

客に能く狗盗を為す者有り。
かくくたうものあ

秦の蔵中に入り、裘を取りて以て姫に献ず。
しんぞうちゅう、きうりてもっけん

姫為に言ひて釈さるるを得たり。
きためひてゆるさるるをたり

即ち馳せ去り、姓名を変じて、夜半函谷関に至る。
すなは、せいめいへんじて、やはんかんこくくゎんいた

関の法、鶏鳴きて方に客を出だす。
くゎんはふ、にはとりなきてまさかくだす

秦王の後に悔いて之を追はんことを恐る。
しんわうのちいてこれはんことをおそ

客に能く鶏鳴を為す者有り。
かくけいめいものあ

鶏尽く鳴く。遂に伝を発す。
にはとりことごと。つひでんはっ

出でて食頃にして、追ふ者果たして至るも、及ばず。
でてしょくけいにして、おものはたしていたるも、およばず

孟嘗君、帰りて秦を怨み、韓・魏と之を伐ち、函谷関に入る。
まうしゃうくん、かへりてしんうら、かん・ぎこれ、かんこくくゎん

秦城を割きて以て和す。
しんしろきてもっ


[ 現代語訳 ]

靖郭君田嬰は、宣王の腹違いの弟である。

薛に領土を与えられた。子どもがあり文といった。

食客を何千人も養っていた。

その評判は諸侯に知れ渡っていた。孟嘗君と呼ばれた。

秦の昭王は、孟嘗君がすぐれた人物であることを聞いて、

そこでまず人質を斉に送り、会見を申し込んだ。

到着すると引き止め、捕らえて殺そうとした。

孟嘗君は、人を昭王のお気に入りの婦人のもとにやって解放してもらえるよう頼ませた。

婦人が言った、「どうかあなたがお持ちの狐の白い皮衣をください」と。

実は孟嘗君は、以前それを昭王に献上しており、他の皮衣がなかった。

食客の中にコソドロを上手にできる者がいた。

秦の蔵の中に入って、皮衣を盗み出して婦人に献上した。

婦人が孟嘗君のために説得したので解放されることができた。

すぐに馬を走らせて逃げ去り、姓名を変えて、夜半に函谷関に到着した。

関所の規則では、鶏が鳴いてはじめて旅人を通すことになっていた。

秦王があとで後悔して自分を追うことを恐れた。

食客の中に鶏の鳴きまねを上手にできる者がいた。

鶏がいっせいに鳴いた。そこで通行を許可した。

出てからまもなく、追っ手が思ったとおりやってきたが、追いつかなかった。

孟嘗君は、帰って秦を怨んで、韓・魏とともに秦を伐ち、函谷関に攻め込んだ。

秦は領土を割譲して和睦した。

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